マサキチトセさんの講演会in浦和 (いろいろなひとに向けて)


マサキチトセさんの講演会に行ってきました。
『ヤバイこりゃ定員に達さないかも』的なツイートがシェア&拡散されていたのをみて、締め切り当日に申し込みました。間に合ってよかった。


感想をさきにいうと、すっごくよかった。よい講演会でした。
とちゅう乗り継ぎを失敗したりして、ちょっぴり気持ちが折れそうになったんですが、がんばって浦和までいってほんとうによかった。

概要については、c71さんが詳しく書いていらしたし、マサキチトセさんもあらためて記事を書くそうなのでここでは書きません。
 
なのでここからはわたしの個人的な感想。


さて。今回わたしにとって目からウロコだったのは、マイノリティ→『有徴』/マジョリティ→『無徴』 という捉え方でした。

これまでも、「マイノリティ=少数派/マジョリティ=多数派。ではない。※」ことは一応知ってたんですが、それの代わりとなるコトバを知らなかった。※

(※たとえば大富豪と呼ばれるひとは人口の数パーセントしかおらず『数の上では圧倒的な少数派』です。だけど、だからといって彼らを『マイノリティ』と呼ぶことはありません。マイノリティがマイノリティであることは、そこに属する人数の多い(少ない)ではなく、社会的な力・権利の強さ(弱さ)によって規定されるのである。とかそんなようなこと。)

(※minorityの日本語訳(by wikipedia)は『社会的少数者』。そこだけみるとまちがっちゃいないんだろうけど、誤解が生まれやすい訳だな、とも思う。
んじゃセクシュアルマイノリティ(日本語一般では性的少数者)は、『数が少ない』がゆえにマイノリティと呼ばれるってこと?違うっしょ。『一般的な規範から外れていることで、いろんな社会的不具合を強いられている』からマイノリティなんじゃん?そこんとこにズレが生まれて、いろいろめんどくさくなるんだよなああ、、などと思うのですよ。ねえ?)
(しかし、かといって、まんま『性的社会的弱者』とかいったら、よけいにワケわかんないよねえとか、じゃあどうしようかとかね、あーだこーだ悩んでいたときに降ってわいた講座だったんだコレが。)
(なので、それに代わる無/有徴ってコトバに「あーなるほどー」って思ったんだなー。)


ながくなるので無/有徴のことはあらためて別のエントリを作るとして。

とてもいい企画を催してくださった埼玉産業カウンセラーさんと、館林からでてきてエネルギッシュにお話しくださったマサキチトセさんに心底感謝しています。

あと受付に立っていたスタッフの方、ペンとストールを快く貸していただいて大変助かりました。どうもありがとうございました。



solakofiでした。








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